アエティウス(390頃~454)
有能な将軍であるアエティウスが、主君プラキディアとその息子の手から西ローマ帝国の実権を奪いとったのは433年のことでした。
アエティウスのこの権勢を支えたのは彼の軍才やガリア貴族とのつながりもさることながら、何よりもフン族の授助が大きかったのです。
彼は幼少時フンの宮廷に人質としてあり、その時代に彼らとの友情を培っていました。
プラキディアをはじめとしてローマ帝室がいかに彼を憎もうとも、フンが背後にある限り手出しは出来なかったのです。
しかしフン王アッティラは次第に西ローマに敵対的な態度をとり始め、451年には遂に西ローマへ進軍を開始しました。
アエティウスはこの事態に狼狽しましたが、今度はこのフンの脅威が、帝国防衛者としての武将アエティウスの存在を大きく際立たせることになりました。
451年カタラウヌムでフンを迎え撃ったアエティウスは彼らを退却させるのに成功。
この戦いはフンの決定的敗北ではなかったのですが、453年にアッティラが急死してフンは瓦解します。
しかしフンの崩壊はアエティウスの死のプロローグでもありました。
彼を嫌悪する皇帝ウァレンティニアヌス3世は、眼前の脅威が消えると、アエティウス抹殺を決意、これを暗殺せしめました。
衰えゆく西ローマにあってその武名をとどろかせた猛将は、かくて帝国よりひと足先に残したのです。
そして、約4半世紀後に西ローマ帝国も滅ぶのです。