"月島調査"で動力別の工場増加数をみると、電気機関装置工場の飛躍がめざましかったことが判明します。
月島で大正2年を100とすると6年には239となっています。
102工場中80%強が電気機関工場でした。
これに反して無動力工場は月島に少なく、汽缶汽機使用工場も次第に減少しています。
また月島では7割近くが機械工場です。
では、労働者数と年齢別構成はどうなっているのでしょうか。
月島の労働者の数は、4年に減少し、5年に飛躍的増加を見ています。
これは、大正4年に東京市一般、京橋区共に工場数が増加したので、労働者が散在していたのが、大正5、6年になって月島における工場の増加が激しく、労働者を吸収したためと考えられます。
またそれまで小規模であった工場が、5年に規模を拡張したことにもよっています。
月島で大正2年を100とすると6年には239となっています。
102工場中80%強が電気機関工場でした。
これに反して無動力工場は月島に少なく、汽缶汽機使用工場も次第に減少しています。
また月島では7割近くが機械工場です。
では、労働者数と年齢別構成はどうなっているのでしょうか。
月島の労働者の数は、4年に減少し、5年に飛躍的増加を見ています。
これは、大正4年に東京市一般、京橋区共に工場数が増加したので、労働者が散在していたのが、大正5、6年になって月島における工場の増加が激しく、労働者を吸収したためと考えられます。
またそれまで小規模であった工場が、5年に規模を拡張したことにもよっています。